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音楽制作に関することをメインに、他には趣味の話もぼちぼち書いているブログです。

クリエーターにとって謙虚は美徳ではない、自己評価は高くしよう!

Artists

自分が作り出したコンテンツを世に出すのならば、自信を持って公開しましょう。

 謙虚は美徳・・・じゃない!

日本には謙虚であることが美徳であるという文化が根付いています。
自身の成果に驕ることなく、誇示せず、控えめで慎ましい態度は、人から見ればカッコいいと映るものでしょう。

ただ、クリエイターが自分の作品を公開したとき、「下手ですが。」とか「お気に召すか分かりませんが。」などというへり下った言葉を枕詞のように用いていますが、これはよろしくありません。
むしろ、その作品について1番知っているクリエーター自身がそんなことを言ってしまえば、その作品はゴミ同然の無価値だと喧伝しているだけです。

私なら、「下手ですが。」なんて言われたゴミは見ません、聞きません、当然言及もしません。時間の無駄です。
それと、その作品を見たり聞いたりしてくれる人にも大変失礼です。

クリエーターたるもの、作品を世に送り出すなら、「どうだ、すごいだろ!」と胸を張って送り出してほしいものです。

作品を 世に出す時点で エゴイスト

こんなことを書いていると、常識人を名乗る人達から「クリエーターはエゴの塊ではないだろう。」と指摘される未来が見えそうですか、それは間違い。
なぜなら、クリエーターなんてエゴの塊だからです。

特に作品を他人の目に触れるような場所に出すようなクリエーターはエゴの代名詞そのもの、エゴの体現者です。
他人の時間や財産を奪ってまで自分の作品に目を向けてして欲しいという利己的な考え、それはエゴイストそのものです。

なので、そんなエゴイストの中のエゴイストのが謙虚が美徳とへり下るのはそもそもおかしい。
いや、謙虚な自分をアピールして他人から良く思われてやろうという嫌らしさすら覚えます。

自己評価 低くなるなら 死蔵しよう

とはいっても、どうしても作品が煮詰まらず、自己評価を低くせざるを得ないものができてしまうこともあります。クリエーターだって人間ですから。

そんな時は作品を世に出すを止めましょう。
作霖を知り尽くしているクリエーター自身ですら満足できないという評価をつけるのであれば、それを他人がいいというわけがありませんから。

真の評価は自分でなく他人が決めるものですが、その前段階の自身で定めたハードルすら乗り越えられない作品は世に放つべきではありません。
下手すると名前に傷がつきます。

自己評価を高くするということは自分に甘々になるという事ではなく、世に送り出す作品を自分の中ではやり切ったと言えるものを出そうということです。

自分に厳しくしつつ自惚れる、それがクリエーターのあるべき姿だと思います。