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音楽制作に関することをメインに、他には趣味の話もぼちぼち書いているブログです。

本当は奥が深い無音音楽の世界

photo by RebeccaBarray

以前、本ブログにて無音の音楽について触れてみました。

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上の記事は冗談めいて書かれたところがありますが、この世界を知ってからというもの改めて無音の音楽というものに興味が湧いてきたので、ちょっと調べてみました。

始まりはダダイスム

ダダイスム - Wikipedia

ダダイスム(仏: Dadaisme)とは、1910年代半ばに起こった芸術思想・芸術運動のことである。ダダイズム、あるいは単にダダとも呼ばれる。第一次世界大戦に対する抵抗やそれによってもたらされた虚無を根底に持っており、既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想を大きな特徴とする。ダダイスムに属する芸術家たちをダダイストとよぶ。

ダダイスムの発端となった第一次世界大戦は、オーストリア皇太子が暗殺されたサラエボ事件を機に世界的な大戦へと拡大しました。 騎士道も誉れもなく、只々死と怨嗟のみが存在する戦争は硬直化し、最終的には5年間で900万人の死者を出す戦争となりました。

そんな無意味な死と無意味な戦争に反抗するために生まれた芸術運動が、無意味を表現するダダイスムです。 既存の芸術を否定し、無意味という事象に新たな価値や原理を見出していくダダイスムは、第一次世界大戦が集結し世界が秩序と安定を取り戻すまで続きました。

音楽においても、ダダイスムの影響を受けた音楽家たちが無意味な音楽を作品として発表していました。

ダダイスムの影響を受けた音楽家 エルヴィン・シュルホフ

こういったダダイスムの影響を強く受けたのが、チェコの音楽家であるエルヴィン・シュルホフです。 シュルホフは第一次世界大戦にてオーストリア軍に徴兵されて従軍の経験があります。 戦いのために戦う無意味な戦争はシュルホフの考え方や生き方に大きな影響を与え、シュルホフは次第に反戦主義思想を持つようになりました。

そういった中で生まれた曲が、1919年に発表された「5つのピトレスケ」の第3曲「未来に」です。

この曲は長さの異なる休符とアゴーギクのみで構成されています。一切音のない無音の音楽です。 一応楽譜にはリズムが指定されているものの、休符のみなので実際に発音されることはありません。 演奏行為自体が無意味な音楽、つまりダダイスムを体現した音楽なのです。

5 Pittoresken, Op.31 (Schulhoff, Erwin)

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ダダイスム後の無音音楽

無音の音楽はダダイスムの収束後にも登場します。 それら無音の音楽は、ダダイスムやその後に注ぐシュルレアリスムの影響を受けた音楽家に作られたものや、全く関係のない分野から発生したものまで様々です。

ただ、ダダイスム後の無音音楽は無音であることに意味があるものが殆どで、無意味を表現するダダイスムの思想までは受け継いでいるわけではありません。

マルコ・ファロッシ『音の肖像 9月11日』

マルコ・ファロッシはイタリアのピアニストであり、作曲家です。

彼が2001年に発表された『音の肖像 9月11日』は、なにも演奏しない無音の作品です。

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前述のエルヴィン・シュルホフのような何かを音符から読み取ることはできません。 ですが、休符が形作っている2本の柱状の何か、そしてタイトルにもなっている「9月11日」から、これらは2001年9月11日のアメリカ同時多発テロによって倒壊したワールドトレードセンターのツインタワーを模していることがわかります。

アメリカ同時多発テロ事件 - Wikipedia

この曲が無音なのは、マルコ・ファロッシがテロで犠牲になった人たちへの黙祷を捧げていることを意味するのでしょう。

ジョン・ケージ「4分33秒」

無音の音楽として最も知られているのがジョン・ケージの「4分33秒」です。

ジョン・ケージはアメリカの作曲家で、様々な実験音楽を作曲したことで有名です。

彼の作曲した「4分33秒」は演奏者がなにもしない作品です。 しかし、この曲の真意は「無音」ではありません。 楽器が演奏されなくとも、世界に音は存在します。 観客のどよめき、衣擦れの音、チクタクと動く時計の針、そして心臓の鼓動。 そういった、楽器が奏でる以外のまわりで鳴っている音に耳を傾けるというのが、「4分33秒」のコンセプトなのです。

4分33秒 - Wikipedia

また、ジョン・ケージは0分00秒という、ピアノの前で何もしないだけの曲も作っています。

番外編 アルフォンス・アレー

アルフォンス・アレーはフランスの作家です。 彼の作品は風刺的、ジョーク的なものでした。

そんなアレーが手がけた「耳の不自由なある偉人の葬儀のために作曲された葬送行進曲」という作品があります。 これは空白の24小節のみが書かれた曲、つまり無音の曲です。

無音音楽としてはシュルホフよりも先んじて発表された曲のようですが、この作品が音楽作品として発表されたのかが定かではなかったので、今回は番外編という扱いにさせていただきました。

色即是空 空即是色

こういった無音音楽は音を奏でないことで聴衆に何かを訴える音楽なのです。 そのため、作者の真意を汲み取らないとただの手抜きの音楽と勘違いしていまします。 しかし、作者の真意を汲み取ることができたなら、こんなに面白い音楽というのもそうそうあるものではないでしょう。

今回挙げた曲以外にも、無音の音楽は発表されています。 そして、どの曲にもそれぞれの作者の思いが込められています。 複雑な旋律、情緒的なメロディ、それらを上回るポテンシャルを無音音楽は秘めているのです。

音がないからこそ伝わるメッセージ、そんな無音音楽の世界を冒険してみませんか?