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musirak.com

ペダルを漕いでいれば何処まででもいける・・・そう思っていた時期が私にもありました。

全力で仕事を続ければ死ぬという当たり前のようで誰も知らないこと

世の中 世の中-ライフスタイル

photo by Johann Ebend

一心不乱に仕事に励み、嫌な顔ひとつせずに残業や休日出勤をこなす。
これこそ、美しい国日本で誰からも尊ばれる生き方である。

そのためには四六時中全力を出し続けなければならない。
でも、人間って常に全力なんて出せないし、それでも無理すれば死ぬのだ。

とある自転車レースでのこと

私事であるが、とあるヒルクライムレースに出場した時の話だ。
その日のコンディションは前々から調整していたこともあり最高だった。
これはタイムに期待できると、序盤からガンガン踏んでいった。
それに呼応してチェックポイントごとのタイムも上々だった。
しかし、ゴール目前というところで足が終わってしまい、ペダルを踏むことすらままならなくなり、タイムも期待より大幅に遅れてしまった。

逆にまずまずの調子でレースに挑んだ時には、全力をラストスプリントまで1度も出さなかった。
結果、最後まで足を残すことができた上に、自己ベストを出すことができた。

学校では教えてくれないペース配分のやり方

前項の失敗談を見て、読者は私を自分のペースすら作れない愚か者だと嘲笑うことだろう。
私も私とて、失敗を戒めとして自分のペースを作っている。

さて、皆様はペースの作り方を学んだことはあるだろうか。
おそらく誰かに教わったことのある方は少ないだろう。
私もまた、レースのペースを作るときはコース図を見て、試走して、力の入れどころと抜きどころを決めていくものだ。
これは独学で研究し実線の中で見出したものであり、誰かに教わったわけではない。

学校教育ではペース配分を作ったり力をセーブする方法を教えてはくれない。
体育でも長距離の走り方を習うことはなく、ただタイムを計測して終わりだったはずだ。
むしろ、何事にも常に全力を出すことを求められるほどだ。
それは高校野球を見ればわかるとおり、明らかに出塁できないのに全力疾走を強いられている。

怠惰は悪徳。完全燃焼は美徳
それが日本の教育だ。

社会人がペース配分を知らなかったら最悪死ぬ

ペース配分を知らずに社会に出たらどうなるか。
全力疾走を続ければ、最初のうちはいいものの、次第にパフォーマンスが低下するというのは、ここまで読んでいただいた方ならわかっているはずだ。
レースだったらタイムが落ちるだけだし、その反省点を次に繋げることができる。

しかし、社会人として働くとなれば話は別だ。
長時間残業や休日出勤といった全力疾走を続けていれば、体を壊し、精神を病み、ついには社会活動ができなくなる。
レースと違うのは、心身を害したら次に繋げるということはできないまま、休職、退職、生活保護受給コースをたどることになることだ。
命があればまだましな方で、最悪死ぬ。
過労死は以前から指摘されているが、未だ抜本的対策が取られることはない。

当然、全力疾走を続けても問題ない超人もいるが、それは蟲毒で最後まで残った虫に過ぎない。
最後の虫は呪いを生むもので、彼らのように耐えたものだけが生き残れる社会を作り上げるのだ。
これでは社会は生きにくくなる一方だ。

各々がペース配分を知る事こそが、暗雲立ち込める未来の日本を回避する方法の一つである。
学生は教育で、社会人は研修やカルチャーセンターで人生のペース配分を学習するのがベターであるが、そうそう世の中の方針が簡単に切り替わることも期待できない。
まずは自分の最大出力を知り、それを元にペースを作る。
そして、全力疾走を続けることを悪徳だと啓蒙してこそ、日本の悪しき慣習を打ち砕く近道であろう。

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